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2011年4月6日
5時56分 起床
今朝の車窓
土地の傾斜の関係で
いつもと逆向きに寝てたので
リアウインドゥから撮影
やっぱり寒かったな・・・
ちょっと風邪ぎみになってしまった
フクロウが一晩中鳴いていた |
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身支度のためトイレの前に移動する
桜満開じゃん・・・
家から持ってきた食パンに
昨日買ってきた
ミニパックのはちみつ&マーガリンをつけて
朝食にする
6時45分 発 |
第四十三番霊場 明石寺 |
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今日も天気は良さそうだ
今日は高知県に入り
できれば足摺岬にある
金剛福寺を突破しておきたい
高知県内はこれまでと違って
移動距離が長いので
あまり数は稼げないだろう・・・
国道56号線 宇和島海道を南下して
西予市に向かう
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7時38分 明石寺駐車場 着
明石寺と書いて「めいせきじ」と読む |
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まずは軽く朝の運動
爽やかな空気が心地よい |
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階段を登りきると山門が現れる
茶色い屋根が目を引く |
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こちらが本堂
明治時代に再建されたものだ
唐破風造りで
屋根の端が反り上がった形をしている
明石寺は本来「あげいしじ」という名称らしい
非常に歴史の古いお寺で
寺伝によると6世紀前半 欽明天皇の時代
唐からの渡来仏である
千手観世音菩薩像を祀るために創建されたという
史実だとすれば奈良の飛鳥寺より早い時期に
建てられたことになるそうだが
本当のところはわからないようだ |
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こちらが大師堂
鎌倉時代には源頼朝が伽藍を修復
室町時代には領主の西園寺氏
江戸時代は藩主の宇和島伊達氏の
それぞれの祈祷所になるなど
武士からの信仰が厚いお寺だったようだ |
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お寺の情報
第43番札所 源光山 円手院 明石寺
読み げんこうざん えんじゅいん めいせきじ
宗派 天台寺門宗
本尊 千手観世音菩薩
開基 円手院正澄
創建 六世紀前半(寺伝)
どうでしょう的情報
ロケ地
T 山門前
U 階段入り口付近
V 山門前
夫婦杉が仲良く朝日を浴びている |
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「寺は朝」
大泉さんの名言だ
朝のお寺は清々しく 静かで 美しい
7時53分 発 |
第四十二番霊場 仏木寺 |
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国道56号線を南下して
県道29号線へ
さらに県道31号線に乗り換え
歯長峠を越えて仏木寺に向かう
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8時15分 仏木寺駐車場 着
仏木寺と書いて「ぶつもくじ」と読む |
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寺伝によると
大同2年 西暦807年頃
弘法大師はこの地で牛を引く老人と出会い
誘われるまま牛の背に乗って行くと
楠の梢に一つの宝珠が輝いているのを発見する
それは唐から帰るときに霊地を選ぶため
三鈷杵とともに東に向かって投げた宝珠だった
弘法大師は自ら楠で大日如来像を彫り
眉間に宝珠を埋めて祀ったという伝説が残るお寺だ
この「牛の背伝説」のため現在でも
酪農家やペットを飼ってる人たちからの信仰が厚い |
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こちらが本堂
本尊の大日如来像は県の重要文化財
鎌倉時代の墨書きがあり
本尊の背中に弘法大師が作った小さな仏像が
入っていると書かれているそうだ |
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大師堂は改修工事中だった
ここの弘法大師像は
正和4年(西暦1315年)10月5日開眼の
胎内銘が残されていて
銘が入った大師像としては日本最古のものらしい |
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お寺の情報
第42番札所 一カ山 毘盧舎那 院 仏木寺
読み いっかざん びるしゃないん ぶつもくじ
宗派 真言宗御室派
本尊 大日如来(伝弘法大師作)
開基 弘法大師
創建 同2年 西暦807年
どうでしょう的情報
ロケ地
T・U・V 山門前 |
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鐘楼は珍しい茅葺き屋根だ
元禄時代 西暦1688〜1704年に
再建されたものだそうだ
8時28分 発 |
第四十一番霊場 龍光寺 |
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8時35分 龍光寺駐車場 着 |
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駐車場の脇にある細い道を抜けると
参道に出る |
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一番上にある建物の前には
神社の鳥居がある
お寺にしては不思議な光景だ
ここ龍光寺は典型的な神仏習合のお寺だ
地元では三間平野にあるので
「三間のお稲荷さん」と呼ばれていらしい |
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稲荷神社
こちらが元々の本堂で
創建の頃から稲荷寺として信仰を集めていたが
明治時代の廃仏毀釈令で稲荷社になった
こうしてみると四国では
長宗我部氏と明治政府が
お寺の天敵のように思えるw
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稲荷神社の一段下に立つ本堂
元々の本堂が稲荷社になった後に建立され
稲荷の本地仏だった十一面観世音菩薩像を
祀ったそうだ
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こちらが大師堂
本堂の右手に建っている |
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お寺の情報
第41番札所 稲荷山 護国院 龍光寺
読み いなりざん ごこくいん りゅうこうじ
宗派 真言宗御室派
本尊 十一面観世音菩薩
開基 弘法大師
創建 大同2年 西暦807年
どうでしょう的情報
ロケ地
T 本堂前
U 入り口階段付近の民家前
V 本堂前の長い階段 |
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クリスマスにはキリスト教徒になり清しこの夜・・・
大晦日には仏教徒になり除夜の鐘・・・
正月には神社に初詣・・・
「神様も仏様も等しくありがたい」
日本人らしい神仏習合というおおらかさが
形として残っている
そんなお寺でしたw
8時56分 発 |
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愛媛県最後の札所
観自在寺へと向かう
再び国道56号線に乗り
宇和島市を通過
龍光寺から観自在寺まで約50km以上
約一時間の道のりだ |
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途中見つけたどうでしょう的ポイント
9時30分 茶房 泰山 着
「四国八十八ヶ所V」で
藤村Dがいきなり立ち寄り
酒まんじゅうを購入したお店だ
お店の人に聞いてみたら
「水曜どうでしょう」のことは知らないらしい
行く機会のある人はぜひじっくりと
教えてあげて下さいw
わたしもここで
酒まんじゅうを購入
酒まんじゅう 3個240円
9時36分 発 |
第四十番霊場 観自在寺 |
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海岸沿いの宿毛街道を南下する
高知県が近づくと景色もガラリと変る
並木も南国らしくなってきた・・・ |
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10時03分 観自在寺駐車場 着
山門は総欅(けやき)造り |
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ここ観自在寺は
一番の札所霊山寺から
最も離れた場所にあることから
「四国霊場の裏関所」とも呼ばれているそうだ
いかにも南国のお寺を思わせる
開放的な境内 |
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こちらが本堂
鎌倉様式の入母屋造り
昭和34年 西暦1959年に
子供の火遊びが原因で全焼したが
その後信者の浄財(寄付)だけで再建されたそうだ |
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こちらが大師堂
近年改築された
その他
干支の十二支のそれぞれ守り本尊を祀った
十二支守本尊などがある |
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大師堂の前には
大きな3つの金剛杵が置いてある
金剛杵とは密教の仏具で
先端が一本の独鈷杵(どっこしょ)
先端が三本になっている三鈷杵(さんこしょ)
先端が五本になっている五鈷杵(ごこしょ)がある
写真のものは五鈷杵
一見バーベルっぽいので
つい持ち上げてみたが
かなり重かった・・・ |
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お寺の情報
第40番札所 平城山 薬師院 観自在寺
読み へいじょうざん やくしいん かんじざいじ
宗派 真言宗大覚寺派
本尊 薬師如来(伝弘法大師作)
開基 弘法大師
創建 大同2年 西暦807年
どうでしょう的情報
ロケ地
T・U・V 山門前 |
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境内にある親蛙 子蛙 孫蛙の像
もうひとつ
「無事にかえる」を追加していただきたいw |
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「菩提の道場」愛媛県を離れ
いよいよ「修行の道場」高知県に入る
10時20分 発 |
第三十九番霊場 延光寺 |
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国道56号線を東に進み
県境を越え高知県へ突入
10時53分 延光寺駐車場 着
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延光寺手前の道路が
水道管の工事 で通行止めになっていたので
少し遠い駐車場に停めて歩く |
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お寺としては珍しく
正面からではなく斜めのアプローチになっている
方位の関係だろうか?
右手が本堂
左手が大師堂
本堂の右手には「眼洗い井戸」という
眼病に霊験あらたかな井戸があるらしい
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このお寺には亀にまつわる
おもしろい伝説がある
延喜11年西暦911年
寺の池の赤亀が竜宮城に行き
小さな梵鐘を背負って帰ってきたという
そのため寺名を「赤亀山延光寺」に改めたそうだ
明治時代には高知県議会の開会と閉会の合図に
この梵鐘が鳴らされていたそうで
国の重要文化財に指定されている。 |
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こちらが大師堂
お寺の情報
第39番札所 赤亀山 寺山院 延光寺
読み しゃっきざん じさんいん えんこうじ
宗派 真言宗智山派
本尊 薬師如来
開基 行基菩薩
創建 神亀元年 西暦724年
どうでしょう的情報 ロケ地
T・U・V 山門前
11時10分 発
次はいよいよ足摺岬の金剛福寺だ
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第三十八番霊場 金剛福寺 |
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国道56号線を東に進み中村へ
国道321号線 通称足摺サニーロードに乗り
四万十川沿いを南下
土佐清水市に向かう |
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土佐清水市から
足摺スカイラインで足摺岬へ
濃緑の樹海は鬱蒼としている・・・ |
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12時29分 金剛福寺駐車場 着
四国最南端にあるお寺だ |
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ソテツのアーチがかかって
最南端のお寺の雰囲気抜群だ
鹿児島の佐多岬にある最南端の神社にも
ソテツのアーチがあったなぁ〜 |
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12万平方メートルの広い境内は
まるで竜宮城のような景色
延光寺の赤亀も
ここから梵鐘を持ち帰ったんじゃなかろうか・・・
安土桃山時代以降 足摺岬では
「補陀落渡海」が盛んだったらしい
海の彼方にあると言われる仏の国
補陀落浄土を信仰して
死によって仏の世界に近づく捨身行のひとつで
行者が乗った小船を船で沖まで引っ張って行き
沖で綱を切り大海に流すという
現代感覚でいうと殉教自殺に他ならないが
当時は仏の世界に近づく尊い行為として
認められていたようだ
お寺は補陀落渡海の行場として
大いに栄えたそうだ |
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お寺の情報
第38番札所 蹉だ山 補陀洛院 金剛福寺
読み さださん ふだらくいん こんごうふくじ
宗派 真言宗豊山派
本尊 三面千手観世音菩薩
開基 弘法大師
創建 弘仁13年 西暦822年
どうでしょう的情報
ロケ地
T 山門前
U 山門前
V 山門前(合成) 未到達 |
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こちらが本堂
威風堂々といった感じだ
どの建物もきれいに改築されている
足摺岬という立地のため
台風や塩害で建物が200年もたないらしい |
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こちらが大師堂
弘法大師は唐から帰国の前に
日本に向かって投げた五鈷杵が足摺岬に
飛来したという
わたしが子供の頃聞かされた話では
弘法大師が投げたのは三鈷杵だけだった
こうしてみると
持っている仏具を片っ端から投げられたようだ
三鈷杵は高野山へ
宝珠は仏木寺へ
五鈷杵は足摺岬へ・・・
・・・となると
3つの金剛杵の最後のひとつ独鈷杵は
どこに飛んで行ったのかな・・・ |
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山門では
平成大修理のための敷石寄進を募集していた
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わたしも寄進してみた
一口 1000円
ついでに
漫画のペンネームのサインも入れておいた
12時48分 発 |
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灯台もジョン万次郎像も見ないで
足摺サニーロードを中村方面に引き返す
金剛福寺から次の岩本寺まで約90km
最長距離の区間移動になる |
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時間が惜しいので
先ほど買った酒まんじゅうを昼食にする
ふっくらとして香りが良くておいしかった
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四万十川沿いを北上 |
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道端にいいもの発見!!
13時40分 着 |
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アイスクリームではない
アイスクリンだ
アイスクリン 150円
わたし「高知に来たらこれを食わなくちゃねー」
おばちゃん「ねー」
食感はアイスクリームというより
シャーベットに近い
メロン味でした
13時44分 発 |
第三十七番霊場 岩本寺 |
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太平洋を望む道端を
徒歩のお遍路さんが歩いていく
岩本寺から歩いてきたのだろう
年間約5000人が歩いて八十八ヶ所を巡るという
徒歩だと3日はかかる金剛福寺までの
長い道のりに彼は挑戦中だ
がんばれ! |
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14時40分 岩本寺駐車場 着
歩くと3日かかるところを約2時間で到着
文明の利器とはありがたいw
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寺伝によると
天平年間 西暦729〜749年に創建された
七福寺と呼ばれるお寺が起源になる
その後弘仁年間 西暦810〜824年に弘法大師が
福円満寺に発展させた
天正年間 西暦1573〜1592年に戦火で焼失
その後一条氏に再興され現在の岩本寺になった
明治時代初期に例の廃仏毀釈の波を
もろに喰らって廃寺になるが
明治22年 西暦1889年に再興されて
現在に至るそうだ |
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昭和53年 1978年に新築された本堂
575枚の天井画は市民や現代画家が
花鳥風月を描いたもので
その中にマリリン・モンローの肖像画が
混ざっていることで有名だ |
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大師堂は柱が少なくすっきりしたデザイン |
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お寺の情報
第37番札所 藤井山 五智院 岩本寺
読み ふじいさん ごちいん いわもとじ
宗派 真言宗智山派
本尊 動明王 観世音菩薩 阿弥陀如来
薬師如来 地蔵菩薩
開基 行基菩薩(寺伝)
創建 天平年間 西暦729〜749年(寺伝)
どうでしょう的情報
ロケ地
T・U・V 山門前 |
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参道には門前町の風情が残っている
14時54分 発 |
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国道56号線から須崎東インターチェンジに入り
高知自動車道に乗る |
第三十六番霊場 青龍寺 |
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土佐インターチェンジで一般道へ降りる
国道56号線 県道39号線を経由して
宇佐大橋を渡り県道47号線で青龍寺へ |
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16時09分 青龍寺駐車場 着
青龍寺と書いて「しょうりゅうじ」と読む |
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納経所から見上げる階段
これは・・・長そうだぞ
海岸沿いのお寺だからと油断していた
この階段は想定外だ・・・ |
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山門の向こう側にも長々と階段が続いている |
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階段左手には三重塔
ここだけ色味が派手ですごく目立つ |
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うほほほ
けっこー長いぞ
こんなの横峰さんに比べれば・・・
ぜいぜい・・・
やせ我慢したところで
キツいものはキツいのだ |
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こちらが本堂
本尊は波切不動明王
弘法大師が遣唐使として唐に渡る時
船を暴風雨が襲った
そこへ不動明王が現れ持っていた剣で
大波を切り暴風雨を鎮めたといわれている・・・
弘法大師にまつわる逸話はどれもドラマチックで
こころ惹かれる
伝説だけ集めたら立派な冒険記が出来そうだ |
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こちらが大師堂
寺伝によれば
弘法大師が帰国の折
霊地を定めるため独鈷杵を東に向かって・・・
やっぱり独鈷杵も投げてたのねw
・・・弘法大師は帰国後
このあたりを巡礼しているとき
その独鈷杵がこの山中の老松の木にあると
感じ取って弘仁6年 西暦815年に
このお寺を建てたのだそうだ・・・ |
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お寺の情報
第36番札所 独鈷山 伊舎那院 青龍寺
読み とっこうざん いしゃないん しょうりゅうじ
宗派 真言宗豊山派
本尊 波切不動明王
開基 弘法大師
創建 弘仁6年 西暦815年
どうでしょう的情報
ロケ地
T 納経所前付近
U 山門前
V 山門前 |
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見下ろせば
長い階段のその先は海へと続いている
16時20分 発 |
第三十五番霊場 清滝寺 |
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もう午後4時半を回っている
時間的に苦しいが
もう一寺チャレンジしてみよう
次の清滝寺まで約14km
納経所の終了時間が午後5時
ギリギリ間に合うかどうかというところだ・・・ |
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ところが
清滝寺への道は
とんでもなく曲がりくねったせま〜い道だった
あうあう
間に合わないかもー!! |
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16時53分 清滝寺境内駐車場 着
ギリギリ間に合った・・・
高さ15mの大きな厄よけ薬師如来像がお出迎え |
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清滝寺という名前から
滝があるのでは・・・と探してみると
本堂の裏に小さな滝があり
水子地蔵が祀られていた
このあたりは土佐和紙の産地で
紙漉きに不可欠な
水の源泉の山として信仰を集めているそうだ |
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手前が本堂
奥が大師堂
重厚な作りの建物だ |
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お寺の情報
第35番札所 醫王山 鏡池院 清滝寺
読み いおうざん きょうちいん きよたきじ
宗派 真言宗豊山派
本尊 厄除薬師如来
開基 行基菩薩
創建 養老7年 西暦723年
どうでしょう的情報
ロケ地
T 大師堂前の階段
U 大師堂前の階段
V 大師堂前 |
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夕暮れの鐘楼
お寺が静けさを取り戻すゆるやかな時間・・・ |
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今日はここで打ち止めだ
ふと見回すと春の花が咲き乱れて
わたしを包み込んでいる
一日中忙しく巡拝していると
ついつい周りの景色を見逃してしまう
少しはゆっくりと春の風情を楽しむ
こころの余裕が欲しいものだ |
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夕空に浮かぶ大樹が風になびいてざわめく
静かな山寺で迎える一日の終わり・・・
17時10分 発 |
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清滝寺の道はごらんのとおり
柑橘系の畑の中のど真ん中を行く
さて
今日はどこに泊まるかな
そろそろ風呂に入りたい
少々疲れが溜まってきたので今夜は
ビジネスホテルでも探してみるか・・・ |
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17時30分
近藤石油にて給油
走行距離372.9km
給油量 レギュラー21.51リットル
3227円
燃費 17.33km/リットル
17時05分 発
それにしても
ガソリン高いな・・・ |
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ビジネスホテルを探していると
道端に温泉の看板を発見!!
17時40分 はるのの湯 着 |
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入浴料 900円
やっと風呂に入れるー
泉質は塩泉らしい
顔を洗うとヒリヒリする
施設には学生の陸上選手が合宿で
大勢泊まりこんでいるようだ
18時15分 発 |
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入浴できたので今夜は車中泊でもいいかな・・・
道の駅を探したが近くにはないようだ
しかたないので
一番近い20km先の道の駅まで行ってみる
19時09分
道の駅 土佐和紙工芸村 着 |
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ここには宿泊施設があった
この際だから泊まっちゃえ!
一泊 朝食なし 6500円
広い和室を独り占め |
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併設されているレストランで夕食
やっとまともな食事にありつけるな・・・ |
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とんかつ定食 1800円
柔らかくて程よい脂が乗ってて美味しい〜
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温泉もあると聞いて
さっき入ったばかりだが構わず飛び込む
サウナで茹って薬湯に漬かって
極楽 極楽・・・ |
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部屋の窓から
ライトアップされた桜を眺めることが出来る
んー
車中泊もいいけど
たまにはちゃんと宿泊しないとなぁ〜
少しだけ俗世へ戻ってきたような気分になったw
22時ごろ就寝・・・ |